函館市指定の明治42年築の伝統的建造物であるが、この建物に出会った当時はその趣きはなく瓦棒葺きの屋根と持ち送り、軒蛇腹のみが当時の面影をわずかに残していた。10年以上空き家の状態が続き、所有者を通じて函館市まちづくり景観課へ活用へ向けての要請があり新たな所有者を探していた。函館出身ではないが、西部地区で古い建物を残しながら暮らしたいとの想いを持った施主を不動産仲介の中沢宅建からのご紹介でプロジェクトが始まった。すぐ裏手にあるラ・コンチャ(旧深谷米穀店:大正10年築)にそっくりな建物であったという証言と、わずかに残っていた古写真、解体中に現れた柱の痕跡、軒蛇腹の塗膜をヤスリ掛けし現れた時層色環(元町クラブより)といった資料を元に、失われた外観のうち道路側の2面を復元した。事務所と車庫、作業場として使われていた1階の半分を貸店舗 、もう半分は住宅の玄関と車庫とし、2軒のアパートとなっていた2階部分を住宅へとリノベーションした。また過去に増築された部分は減築し、当時の形態に戻している。部分的に基礎もない状態であった為、建物を部分的にジャッキアップしながら、掘削し基礎を作っていった。さらに土台が土中に埋まっており土台や柱の付け根は消失している状態であったため、外周分の基礎は全て立ち上げるところから始まった。内部は何度か大規模なリフォームを経ており当時のものは何も残っておらず、外周部の柱もわずかに残っている程度であった。当時から残っている唯一の小屋組の梁を大胆に現しとして、内部空間はその木組みを仰ぎ見る空間となった。道南スギを床・天井・外壁に使い、古い建具などは地元の骨董屋「太陽」から施主が探して来たものを嵌めている。残る2面の外観復元など、近い将来も何かと手を入れながらとなるが、小さなお子さんと共にこの街に移り住み、自らの建物を街の景観として復元し大切に住み繋ぐご家族をこれからも応援したい。