第1話:道程

初めて視力障害センターを訪れたのは5月中旬、まだまだ新緑の季節だった。
居室棟の2階にある一室を、無垢材や自然素材を使って居室から談話室にしたい、
というお話だった。最初のメールで、すぐに担当者の並々ならないプロジェクトに
対する熱意と情熱、自然素材や無垢材に対するこだわりを感じ取ることができた。
フィトンチッドという言葉も、担当者の稲葉さんから初めて教わった。

▲現状で談話室として使われている部屋の様子。

最初に部屋に案内された時に、大きな窓の半分以上を塞ぐ蓄熱暖房ユニットの存在が 、
この部屋で最も気持ちの良い部分を駄目にしているのがすぐに分かった。
その暖房器具の扱いが、その後の「茶の間」の設計に大きなハードルとなった。
そして、それを解決してくれたのが下の写真の謎のタワシのようなものだった。

▲今から10年も前、まだ建築家の卵だった時に扱ったものが役にたった。

こちらは追々説明するとして、窓辺の気持ちの良い場所を縁側のような空間にし、
その手前にちゃぶ台を囲む「茶の間」を設けるようなプランになった。
そして、このような公共建築の中で無垢材を使うにあたって、一体、無垢材 って
どんなものなのか、視力障害センターの方々を厚沢部にある鈴木木材にご案内し、
実際に見て触れて、鈴木さんの話しを聞いて頂くことにした。

▲杉の原板の説明を受ける様子。左から下山主任、稲葉係長、中山専門職、鈴木社長。

床は比較的丈夫な赤身の部分だけを使って、巾1尺近くのもので揃えてもらう事に。
弱視者の為に、この赤身の床とコントラストをつけるよう、家具などにはホオの木、
イタヤカエデの木などを実際に木目を見て決めていただく。

▲ホオの木の樹皮の香りの良さに皆で驚く。

原木の説明を受けた後は、実際に製材した板の展示室へ。

▲豊富な道産の広葉樹の中から、選んで行く。
▲道産広葉樹の無垢材で実際に製作したテーブルも体験。

そして鈴木社長の自宅では、実際に生活の中でどのように無垢材が使われているか
見学させて頂きました。

▲修行時代に設計させていただいた 建物とこうして関わって行けるのも感慨深いです。

こうして、みんなで使う「茶の間」の無垢材を実際に見て選んでいただきました。
低温乾燥された無垢の木は 、集成材や建材などと違い、フィトンチッドという木が
本来持っている消臭・脱臭効果、抗菌・防虫効果やリラクゼーション効果 などを
期待できる一方、木の素性などで反りや割れなども入り易かったりもするのですが、
長所も短所も含め、まずは木を理解してもらうのが何よりも大事だと思いました。

後日、「茶の間」で使われる材料は鈴木さんの手で製材され、鈴木さん特製無垢の
木で出来た低温乾燥室にて、低温で優しく乾燥にかけられました。

▲サウナ室のような低温乾燥室は木も心地良さそうです。

乾燥が上がった道南杉の床材は、その後、川崎木工さんに送られ30ミリの厚さに
カンナ掛けをし巾を285ミリで仕上げ、雇い実加工をして床板になっていきます。

▲川崎木工さんで雇い実の溝をついている様子。

こうして一枚一枚人の手で加工され、ようやく視覚障害センターに運ばれます。

▲板の側面に雇い実の入る溝をついていき完成になります。

この道南杉の床板は、最後は視覚障害センターの皆さんの手を加え『浮づくり』で
仕上げをしてから「茶の間」の床に敷かれます。 床に浮づくりをすることで、
滑りずらくなるのと、より脚触りが良くなります。

そして工事に先立って、「茶の間」の主になるちゃぶ台の製作も行なわれました。
ちゃぶ台には、北海道産の栗の木をつかっています。板の接ぎ合わせを膠(にかわ)
という自然素材で行なう為、気温が5度以下になる前に製作してもらいました。

▲鈴木木材の家具職人、上杉さん作のちゃぶ台も出来上がりました。

ちゃぶ台には、道産の亜麻仁油を塗って仕上げになります。

そして、ウダイカンバという樹種でできた上がり框も製材されカンナ掛けまで
仕上がりました。こちらも視覚障害センターに運ばれ皆の手でスプーンカットで
仕上げていただきます。

▲ウダイカンバの上がり框に彫刻刀でスプーンカットの実演中。

こうして11月25日いよいよ「茶の間プロジェクト」も着工を迎えました。

▲茶の間になる201号室の解体作業が始まりました。

来年度で、函館視力障害センターも50周年を迎えます。
それに向けて動き出したこの「茶の間プロジェクト」も書き切れないほどの検討を
重ねてきました。これからの50年も、少しでもみんなから愛着をもって使って
いただける温かな空間を目指して、これからが本番です。
わずかな面積と工事期間ですが、みんなの想いは盛り沢山です!

つづく。